2007年11月20日
宝物を探すには。。。
かけがえのない宝もの」と出会う喜び。。。「あなたの宝物 ルビーと出会うには」
家の宝ものは「家宝」、子供たちは「子宝」といいます。かけがえのないものです。
「すばらしいルビー」は、まさに「宝の石」としてふさわしい存在感を持ち、見る人を圧倒します。
その希少性は、想像を絶するものであり、探しても、出会える「縁」がなければ一生、お目にかかれないでしょう。それどころか、「国王の宝石」とされていた中世では、一般市民が持つことすら許されなかった宝石なのですから。。。素晴らしいルビーを目にする人、コレクションとして持つことが出来る人は、間違いなく「幸運」の持ち主です
誤解のないように説明いたしますが、人工合成ルビーであっても、例えばお母さんの形見。。。など、個人的な価値のあるものは別です。。。
さて、宝物として持つにふさわしい、素晴らしいルビーとは、どの様なものなのか?
まず、1つ目のヒントは、ご自分がお召しになられている姿を想像すると、ワクワクしてくるかどうか?
毎日が楽しくなってくるか?です。そんな感覚的なことでいいのか?と疑問に思われるかもしれませんが、世界で最初に宝石を持った人の感覚はどうだったのでしょうか?
そして、なぜ人間は,モノを買うという概念すらなかった、何千年もの昔から同じ宝石を持ち続けるのか? あとで申し上げる、品質に左右されるべきではない感性の領域があります。いわば、「好き嫌い」です。
2つ目のヒントとして、品質の高いルビーを探すということです。
理論的には、宝石ルビーの品質の見分けるには、「宝石種」「原産地」「処理の有無」「美しさ」「色の濃淡」「欠点」「サイズ」の7項目を見た上で、需要と供給のバランスを見て、品質が高いものを探せば良いのです。単純に人は、「希少性の高い」「美しい」「時間がたっても変わらない」モノは、大切にする傾向があるからです。品質を見間違うとどうなるか? 例えば、自分が何十年も一緒に過ごしてきた宝物を次の持ち主にプレゼントしようと思った時、希少性の高いルビーだと思って大切にしたものが、実はガラスだったとか、人工合成石だった。。。(100年前の人工合成ルビーは当初、とても希少性が高かった)と分かった時のことを想像してみて下さい。残念な気持ちになるはずです。その石と過ごした大切な思い出にキズを付けるかもしれません。取り返しのつかない大変な事です。
まずは、専門家にその目の前にあるルビーが「どの様なルビーなのか」を説明してもらえる、信頼できるジュエラーを探してみましょう。そして、宝石種→天然ルビー、原産地→ミャンマーモゴック鉱山、処理の有無→無処理、欠点があるかないか。。。など情報を確認してもらいましょう。
*JBS宝石品質判定資格。。。諏訪貿易株式会社、会長 諏訪恭一氏が考案し、JBS校長 畠健一氏が資格化した宝石を見分ける方法論
要するに、信頼できるジュエラーを探せば、あとは好みで決められるという事です。
3つ目のヒントとして、ルビーに限らず、すべての宝石ジュエリーへとお話の枠は広がりますが、何千年、何百年前から大切にされてきた宝石ジュエリーを鑑賞し、見る側、受け手としての感性を磨くのも有効ではないでしょうか。いわゆる「ヒストリックリング、アンティークジュエリー」を鑑賞してみることも、その本質に触れる方法のひとつといえます。
宝石とは、「美しく」「希少であり」「経年変化のないもの」ですが、素晴らしいアンティークジュエリーを手に取ると特別な感情が湧いてきます。何百年、何千年前に確かに生きた、元々の持ち主と同じジュエリーを、時間を経てて見ているわけです。いま自分が感じている感覚を元オーナーも感じていたのだろうか?と思いを馳せることになります。もしその宝石ジュエリーが先祖代々、同じ自分の家系に伝わるモノあれば、ご自分の感性のルーツさえ、形として残っているわけです。これほど素晴らしい宝物はあるでしょうか?
以前に、100年ほど前の人工合成ルビーが使われているアンティークジュエリーを見る機会がありましたが、その当時は、ベルヌイ博士の開発した人工合成ルビーは、その美しさから天然ルビーよりも高額だったそうです。(今では、宝石として取り扱われませんが)その証拠に、メインストーンを取り巻く金属部分のつくりはとても手が込んでいます。異論があることを承知でいうならば、「宝物」として所有するのが恥ずかしいと感じました。それを受け継いだ方は、考古学的な価値は別として、今となっては、安価でどこにでもある合成ルビーを立派なジュエリーに装着していることを誇りに思わないのが、ふつうではないでしょうか。
ルビーを含めた宝石ジュエリーを選ぶときに大切な感覚は、これまでに伝わってきたモノをじっくりと鑑賞することで磨きつつ、自身がどのようなルビーに思いを込めていくのか。そういう視点からアプローチするのも意味のある事です。
昨今、注文すれば何でも取り揃う、便利な時代になりました。お金さえあれば大抵の生活に必要なものは揃いますが、お金がいくらあっても買えないモノもあります。それが、歴史的に国王の宝石として君臨してきたミャンマー産の無処理で美しいルビーなのです。
ルビーに対する情報はインターネットで簡単に調べることができる時代になり、ミャンマー産の無処理で美しいルビーの価値が再認識されはじめました。これに伴い需要が上がってきています。
複雑化した情報化社会で、宝ものと呼べるルビーに出会うには、見る側、受け手の感性が高いことも条件のひとつになるのではないでしょうか。。。
。。。というわけで。
家の宝ものは「家宝」、子供たちは「子宝」といいます。かけがえのないものです。
「すばらしいルビー」は、まさに「宝の石」としてふさわしい存在感を持ち、見る人を圧倒します。
その希少性は、想像を絶するものであり、探しても、出会える「縁」がなければ一生、お目にかかれないでしょう。それどころか、「国王の宝石」とされていた中世では、一般市民が持つことすら許されなかった宝石なのですから。。。素晴らしいルビーを目にする人、コレクションとして持つことが出来る人は、間違いなく「幸運」の持ち主です
誤解のないように説明いたしますが、人工合成ルビーであっても、例えばお母さんの形見。。。など、個人的な価値のあるものは別です。。。
さて、宝物として持つにふさわしい、素晴らしいルビーとは、どの様なものなのか?
まず、1つ目のヒントは、ご自分がお召しになられている姿を想像すると、ワクワクしてくるかどうか?
毎日が楽しくなってくるか?です。そんな感覚的なことでいいのか?と疑問に思われるかもしれませんが、世界で最初に宝石を持った人の感覚はどうだったのでしょうか?
そして、なぜ人間は,モノを買うという概念すらなかった、何千年もの昔から同じ宝石を持ち続けるのか? あとで申し上げる、品質に左右されるべきではない感性の領域があります。いわば、「好き嫌い」です。
2つ目のヒントとして、品質の高いルビーを探すということです。
理論的には、宝石ルビーの品質の見分けるには、「宝石種」「原産地」「処理の有無」「美しさ」「色の濃淡」「欠点」「サイズ」の7項目を見た上で、需要と供給のバランスを見て、品質が高いものを探せば良いのです。単純に人は、「希少性の高い」「美しい」「時間がたっても変わらない」モノは、大切にする傾向があるからです。品質を見間違うとどうなるか? 例えば、自分が何十年も一緒に過ごしてきた宝物を次の持ち主にプレゼントしようと思った時、希少性の高いルビーだと思って大切にしたものが、実はガラスだったとか、人工合成石だった。。。(100年前の人工合成ルビーは当初、とても希少性が高かった)と分かった時のことを想像してみて下さい。残念な気持ちになるはずです。その石と過ごした大切な思い出にキズを付けるかもしれません。取り返しのつかない大変な事です。
まずは、専門家にその目の前にあるルビーが「どの様なルビーなのか」を説明してもらえる、信頼できるジュエラーを探してみましょう。そして、宝石種→天然ルビー、原産地→ミャンマーモゴック鉱山、処理の有無→無処理、欠点があるかないか。。。など情報を確認してもらいましょう。
*JBS宝石品質判定資格。。。諏訪貿易株式会社、会長 諏訪恭一氏が考案し、JBS校長 畠健一氏が資格化した宝石を見分ける方法論
要するに、信頼できるジュエラーを探せば、あとは好みで決められるという事です。
3つ目のヒントとして、ルビーに限らず、すべての宝石ジュエリーへとお話の枠は広がりますが、何千年、何百年前から大切にされてきた宝石ジュエリーを鑑賞し、見る側、受け手としての感性を磨くのも有効ではないでしょうか。いわゆる「ヒストリックリング、アンティークジュエリー」を鑑賞してみることも、その本質に触れる方法のひとつといえます。
宝石とは、「美しく」「希少であり」「経年変化のないもの」ですが、素晴らしいアンティークジュエリーを手に取ると特別な感情が湧いてきます。何百年、何千年前に確かに生きた、元々の持ち主と同じジュエリーを、時間を経てて見ているわけです。いま自分が感じている感覚を元オーナーも感じていたのだろうか?と思いを馳せることになります。もしその宝石ジュエリーが先祖代々、同じ自分の家系に伝わるモノあれば、ご自分の感性のルーツさえ、形として残っているわけです。これほど素晴らしい宝物はあるでしょうか?
以前に、100年ほど前の人工合成ルビーが使われているアンティークジュエリーを見る機会がありましたが、その当時は、ベルヌイ博士の開発した人工合成ルビーは、その美しさから天然ルビーよりも高額だったそうです。(今では、宝石として取り扱われませんが)その証拠に、メインストーンを取り巻く金属部分のつくりはとても手が込んでいます。異論があることを承知でいうならば、「宝物」として所有するのが恥ずかしいと感じました。それを受け継いだ方は、考古学的な価値は別として、今となっては、安価でどこにでもある合成ルビーを立派なジュエリーに装着していることを誇りに思わないのが、ふつうではないでしょうか。
ルビーを含めた宝石ジュエリーを選ぶときに大切な感覚は、これまでに伝わってきたモノをじっくりと鑑賞することで磨きつつ、自身がどのようなルビーに思いを込めていくのか。そういう視点からアプローチするのも意味のある事です。
昨今、注文すれば何でも取り揃う、便利な時代になりました。お金さえあれば大抵の生活に必要なものは揃いますが、お金がいくらあっても買えないモノもあります。それが、歴史的に国王の宝石として君臨してきたミャンマー産の無処理で美しいルビーなのです。
ルビーに対する情報はインターネットで簡単に調べることができる時代になり、ミャンマー産の無処理で美しいルビーの価値が再認識されはじめました。これに伴い需要が上がってきています。
複雑化した情報化社会で、宝ものと呼べるルビーに出会うには、見る側、受け手の感性が高いことも条件のひとつになるのではないでしょうか。。。
。。。というわけで。
Posted by 森 孝仁 at 07:02│Comments(0)